間違った怒りの対処法

禅的生活

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【概要】何かをされ、相手に怒り狂っているとき、その相手をとっちめてやりたいと思う。とっちめてやったらスッキリすると思っているのだが、実はそうではない。怒りを相手にぶつけて返ってくるのはさらなる怒り。自分と同じように、相手も「ぶつければスッキリする」と思っているのだから。

■ 家が燃えている

いきなりですが、夜遅くに仕事から帰ってきたら家に隣接する倉庫が燃えていました。母屋にも燃え移りそうです。
そこから、あきらかに怪しい、火をつけたと思われる人物が逃げていきました。
さて、あなたはこの放火魔の後を追いますか?
もしくは、火を消すことに専念しますか?
もちろん…

【引用】もしあなたの家が火事になったら、最初にすべきことは自分の家に戻って火を消すことで、放火魔の後を追うことではないでしょう。放火魔を追いかけていたら、その間に家は全焼してしまいます。これは賢明ではありません。まず家に戻り、火を消すことです。
【出典】サンガ『怒り〜心の炎の静め方』P41 著:ティク・ナット・ハン 訳:岡田直子

もちろん…とかいいながら、千石は間違って放火魔を追ってしまいそうです。
で、捕まえたらぜんぜん関係ない人だったりしてね。
「あなたなんなんですか!?」
と怒鳴られたり。

■ 間違った怒りの対処法

この火事というのが、怒りのたとえになっています。
心を燃やす炎が「怒り」。
自分の家が燃えているのに、それをほっぽったまま犯人を追いかけてしまう。
「ムカつく!キーーーーッ!」
となっているとき、その相手をコテンパンにやっつけるとスカっとするなんて思います。
でも、相手も同じように思っているのですね。
こっちが怒らされて仕返ししたら、あっちが怒り、
あっちが仕返ししてきたら、今度はこっちが怒り…エンドレス。
放火のやりあいです。ましてや自分で消したりしないから、家がいくらあってもたりやしない。
自分が燃えても燃えても相手を恨むために時間をかける、というのは大変献身的ですけども、地獄でございます。
そんなに憎む相手に時間を割かなくてもよいのでしょう。

【引用】あなたが怒った状態で相手と関わったり口論を続けたり、相手を罰しようとしているのなら、それは家が炎に包まれているときに放火魔を追いかけるのとまったく同じことをしているのです。
【出典】サンガ『怒り〜心の炎の静め方』P41 著:ティク・ナット・ハン 訳:岡田直子

■ 怒りは自分で静める

大人の喧嘩の仕方っていうのがあるのですね。
怒りの炎を使って燃料にし、勉強するのでした。そして相手を追い越してしまう。
(以前の記事「大人のケンカ」を参考にしてください)
そうこうしているうちに鎮火できます。
「あぁ今自分は怒っているのだな」
心に向き合い瞑想してもいいかもしれません。
今、この瞬間にない心が、暴走し怒り狂っているのだから、今に心を戻せばよいのでしょう。
作業に没頭する。歩くことに集中する。呼吸に目を向ける。
相手に直接報復しては、怒りが怒りを呼ぶだけ。
「話し合わないと解決にならない!」
そうかもしれませんが、自分に向き合い鎮火してから、相手と話し合うのも一つの方法です。
ありがとうございました。

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