誰もが恋をするような人

恋愛のアイデア


【概要】背伸びもない。猫背もない。そこに最高の自然さをまとっている人に、誰もが恋をする。

【引用】この世には、「出会った誰もが恋をするような人」がいます。
それは、最高の”自然さ”をまとっている人です。
【出典】PHP『脳は0.1秒で恋をする』P17 著:茂木健一郎

■ 背伸びもない。猫背もない。

誰かを好きになり出した片想いの千石の状態は、背伸びして背伸びして「少しでもよく見られたい!」とがんばっている感じでした。
見た目無理をしているのがバレバレ。
あの頃がなつかしい…。遠い目。
失恋時の千石は、猫背になってかがんで「俺なんて…」と卑屈すぎる感じになっていました。
誰かとの恋が始まるのは、そのどちらの状態のときでもなかった気がします。
特に、こちらから寄せた好意が返ってくるときは、緊張の中にも背伸びもない猫背もない自然な自分になっていたときです。

【引用】本当にその人が魅力的に輝く瞬間というのは、そのような張りつめた空気の中ではなく、真にリラックスした状態から生まれ出るものだということです。緊張の糸が一瞬途切れ、フワッと体中が脱力した瞬間。その瞬間にこそ、その人本来の姿が現れて、最高のコミュニケーションが生まれるのです。
【出典】PHP『脳は0.1秒で恋をする』P17 著:茂木健一郎

なまじ元がよくないので、背伸びや猫背をした状態で好かれたりはしないのでしょう。最高の状態を引き出して、やっと挨拶されるような僕です…おおお…また卑屈になりだした。

■ 誰もが恋をする人になる方法

かといって、背伸びもない猫背もないだけで恋されるわけではないようです。
「最高の自然さ」と、ただ千石が考えるような「自然な自分」はなかなか違うみたい。
ほら、「自分が」「自分が」ってなっているようなときにモテたりしませんよね。
斎藤一人さんの話で、「神様は鏡の中にいる」というものがあります。
それを聞いて鏡をのぞくのですが、映っているのはやっぱり自分。
ということは自分が神なのか!?
というと半分当たりで、半分正解です…全正解やん!
神(カミ)は確かにあなたなのですが、ただ「我(ガ)」をぬいたあなたです。
鏡(カガミ)にうつる自分。我(ガ)を抜けば神(カミ)になる。
鏡の話なら、小林正観さんもこんな話をされていました。
「カ・ガ・ミの法則」というのがあって、カは「河」で世の流れのようなものを表します。ガは「我」で自分。そしてミは「身」です。
河の流れに身を任せると神様が味方してくれる。そこに我が入ると、神の声は聞こえなくなりますよ…という話でした。
最高の自然をまとうというのは、我を捨て、河の流れに身をまかせていられる状態のことをいうのかもしれません。
そんなあなたに神がかった魅力が宿り出すのでしょう。

【引用】人生のある時期まではみっともないくらい、がむしゃらに努力して生きていていい。けれどもある時期が来たら、その後はちょっと「自分」という存在から離れてみることが必要なのだと思います。
「自分」を離れ、「自分」を捨てる、そして「他者」の言葉に耳を傾ける。
自分が好ましいと思っている人に対してだけでなく、ちょっと苦手だなと感じる人にでも、分け隔てなく接しながらも、常に「最高のリラックス」状態でいられる人。そのような人が、結果として「出会った誰もが恋をするような人」になるのではないでしょうか。
【出典】PHP『脳は0.1秒で恋をする』P18 著:茂木健一郎

ま、今はがむしゃらにがんばるときかな、千石は。
長い文章、ありがとうございました。


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“誰もが恋をするような人” への2件のフィードバック

  1. pocarialice より:

    なんだか実感が沸きすぎて怖いぐらいです。
    まっすぐ前を見て生きていきたいですね。

  2. 千石弥一 より:

    ポカリさん!こんにちは!!
    自然に生きるって簡単なんですよね。ただ奥が深いだけで、よっしゃ!今自然体や!!なんて思えることないけど。
    あ、この人の前で取り繕ってる…
    みたいな(笑)
    自然に生きるって…難しいですねぇ…いや、簡単…いや…。

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