米を粗末にすると目がつぶれる?

高瀬のアイデアネタ帳


■ ご飯を粗末にする人間は本当に目がつぶれる

がばいばあちゃんではないですが、私はおばあちゃん子です。
子どもの頃、小学生のときは祖母に夕飯を食べさせてもらっていました。
ご飯を残そうとしたとき…あなたも言われませんでしたか?
「お米残したら目がつぶれるで!」
小さい頃から言われ続けていたので、暗示のように身に染み込んでいます。
一人暮らしをし米を炊いたときもカラカラになろうがどうしようが、しゃもじについた一粒まで食べないと気が済まない。
「目がつぶれるわきゃないんだけど…」
でも実は…本当につぶれるみたいなんです。
本日も『敬愛のこころ』奥村秀雄先生のお話。

■ 本質を見る目

つぶれるといっても、もちろん本当に目が見えなくなるわけではありません。
目が見えない方も見えている目。
そう、つぶれるのは心の目です。

【引用】「ご飯を粗末にする人間は目がつぶれる」(中略)あれどういう意味かというと、ご飯を粗末にするような子は、その物がどんな命を持っているかという本質を見抜く心の窓が曇るということを教えたんです。
【出典】『敬愛のこころ~奥村秀雄先生講演選集』(秀泉会)

便利な時代になりました。
米は耕さなくてもスーパーに売っているし、
子どもの頃なんて、食卓に勝手に並ぶものかと思っていました。
その米一粒一粒が、どんな恵みをうけて奇跡的に存在しているかなんて考えもしませんでした。
曇っていたんですね。

■ 目がつぶれるというのは感謝を失うということ

目が曇っているというのは、作ってくださった農家の方の汗や、太陽、水の恵みが見えないということ。
見えないならできないのが、感謝
そこに有るのが当たり前…そうなってしまうと出てこない言葉が、「有り難い」です。
米一粒だけではないのですね。
お父さんお母さんがいてくれることが有り難い。
夫、妻がいてくれることが有り難い。
子どもがいてくれることが有り難い。
目が見えて愛しい人の顔が見られること、
耳が聞こえて愛する人の声が聞けること、
あなたが生きてくれていることが有り難い。
気を抜くと私はいつでも「当たり前」が目にカーテンをかけていきます。
米一粒を通して先人が伝えたかった知恵は、全てに感謝するこころなんですね。
今過ごしている普通の日々が奇跡。

■ 『米を粗末にすると目がつぶれる?』まとめ

  • 米を粗末にすると本当に目がつぶれる
  • つぶれるのは本質を見抜く目
  • 本質を見抜けないと「有り難さ」が判らない
  • 米を粗末にすると目がつぶれる…そこにひそむ知恵は「全てに感謝するこころ」
  • そして「当たり前」はない
  • 【出典】『敬愛のこころ~奥村秀雄先生講演選集』(秀泉会)

    ありがとうございました。
    あなたとこの記事を通して出逢えたことに奇跡を感じます。
    重ねてありがとうございました。


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