相手を解る努力は無駄?

アイデアフレーズ


最近嫁に内緒で本を買ってこっそり読んでいたりするので、
「何の本読んでるの?」
僕のやっていることに興味をしめすようなフリをしてチェックを入れてきます。
背表紙を見せながら
千「『努力をしない生き方』」
と教えると、全力で
嫁「イヤイヤイヤ、できてる、できてるって!」
顔と右手のひらを横に振りまくられました。
「努力しない男」を地でいく男(と嫁にレッテルを貼られた男)千石弥一です。
みなさんごきげんうるわしゅう。
今回は雀鬼、桜井章一さんの『努力をしない生き方』からのアイデアフレーズ。

■ アイデアフレーズ

山や海へいって周りの景色を見ながら、この風はこのくらいの速度で、この木は何という種類で、この海水は塩分が何パーセントくらいで……といくら分析をしても自然は理解できない。ただ体に周りの風景を染み入らせるように感じることでしか、自然は入ってこない。
【出典】集英社『努力しない生き方』P62 著:桜井章一

◆ 相手を解る努力

相手のことを知りたい知りたい、と努力します。
そのとき僕は要するに相手のことを分析しているのですね。そして、
「この人はこういう系の人。あの人はああいう人」
自分の中のカテゴリーにその人を入れます。
そうしていったん整理してしまうと取り出してまた見直すということをあまりしません。
「やっぱり…これだからうちの嫁はまったく…」
レッテルを貼ってしまう。貼ったらそのまま。いかんクセであります。

◆ 相手を解る努力のむなしさ

自分のことも一言で言い表せないのに、人のことを「がさつな人」だとかいって解ったように振る舞ってしまいます。
相手を解る努力がむなしい点は二つ。
一つはどうやろうが相手に貼るレッテルは間違ったものになってしまう。
いや、ある部分で合っていたとしても、それはほんの一部にすぎないでしょう。
人は自然から生まれたものなので、自然と同じく分析しきれるようなものではないのですね。
海水を努力して解析しきったところで、海についてどれだけのことがいえるのか。
「よし、解析終了!もう入っても大丈夫♪」

「うわぁ大波だぁ!うわぁサメだぁ!」
また分析が終わるとどうするのか?
ゲームオーバー。そのままですが観察をやめます。
「この人は薄っぺらい人」
「他に楽しい人いないかなぁ」
これが二つ目の相手を解る努力がむなしい点です。
分析が終われば付き合うのが退屈になってしまう。
ハナから決めつけてしまっていれば、相手の新しい一面を発見するのが難しくなる。
新しい面が発見できなければその方との生活は単調なものになってしまうでしょう。
当たり前すぎましたか?

◆ 相手を解ろうとしないでどう付き合う?

なぜ人は相手にレッテルを貼るのかというと、そうする方が楽だからでしょう。
人と付き合う上でやりなれた方法ですし、ずっと
「どんな人なんだろう?」
なんて考え続けていたら疲れてしまいます。
そして先ほど述べましたように、人の解析は自然と同じく終わる作業ではありません。
ならどうするか?
ここで桜井章一さんの最初に引用させていただいたアイデアフレーズです。
つまり、人も自然と同じようにただ感じればよいのだ、と。

「Don’t think.… Feel.」
〜ブルース・リー〜

相手を解ろうとしても解らない。解ったと思ったら間違う。
ならハナから解る努力をしないのが吉です。
相手にレッテルを貼ってしまうのは、楽さの追求が足りません。
より楽を追求すれば、解ろうとしない、というところにやってきます。
相手を解ろうと分析をする、努力する…
それよりも、今相手といる空間を楽しみ、ただ相手を感じるのが一番なのかもしれません。
本日もありがとうございました。


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