生き甲斐がない…なんとなくヤル気が出ない本当の理由1

謙虚思考

[`evernote` not found]
LINEで送る

■ 何をすべく生まれてくるのか?

読んでくれている方からメールをいただいたんです。
「A.人は何をすべく生まれてくるのですか?」
考え込みました。
これは…「Q」ではないのか、と。
ちょうどタイムリーなことに、このメールをもらったとき
「自分は何をやってんねん」
というような気持だったので、いい機会でした。
「自分は何をしに生まれてきたんだろう?」
表面的なことにとらわれ思い悩んでいるときは、大きな目で物事も見ると楽になることがあります。
些細なことに悩んでいるとき、壮大な景色を見て、
「あぁ、ちっぽけだなぁ」
と感じることはありませんか?
すっごいどこまでも広がる空を見上げて、
「この空に比べたら自分なんて小さいなぁ、自分の悩んでることなんてもっと小さいわ」
お答えしたことが、この方の琴線に振れることができた、とは思えませんが、
こんな壮大な質問をされて一番助けられたのは僕です。
ありがとうございました。

■ 答えを出すのに必要なのは?

「人は何をすべく生まれてくるのか?」
という問題を考えていく前に、
「人は何を食べるのが一番いいのか?」
を考えてみてください。レッツシンキン♪
チッチッチッチッチッチ…
考えました?答えが出ました?
お付き合いいただきありがとうございます。
この手の質問に答えを出すには枠組みを与えるしかありません。
答えようがないし、答えなどいくらでも出せる問いだからです。
『一生身体が元気に過ごせるように』という枠組みを与えるなら、「健康なもの」
『一生心健やかに過ごせるように』という枠組みを与えるなら、「美味しいもの」となるかもしれない。
無限を半分にしても無限です。
最も美味しいものは何か?と問題を狭めたとしても同じ。
「おばあちゃんのカレー♪」
『あなたにとって』というフレームを与えないと答えはでません。
「空腹後のものならなんでも」
一理ある答えならできますが、すべての人にとって
「これが最も美味しいものなんです!」というものなんて存在しない。
でも残念なことに、
『あなたにとって』という枠組みを与えても答えがでないことがあります。
それはどんな場合なんでしょう?

■ 答えの存在する場所

「幸せとは何ですか?」という答えも存在しません。
すべての人にとって「これが幸せというものですよ!」なんてものを見せるのは不可能なんです。
でも、幸せというものが確かに存在している場所というのはあるみたいです。
それは、あなたが幸せだと感じたその心の中に、です。

【引用】幸せという名の現象が存在するのは、「私」が感じたときだけ。
【出典】『人生を楽しむための30の法則』著:小林正観

「あぁ幸せだな」
と感じたとき、そこに幸せがある。
素敵な友だちから連絡が入った、幸せだ。
給料日ぃ~♪幸せ。
おいしものを食べる…あぁこのために働いているなぁ、幸せ。
どんちゃんさわぎできる仲間に囲まれて、なんて幸せなんだ。
ねんざ直った、普通に歩ける…幸せすぎる。
そんな普通の日常でも、感じる心さえあれば幸せになれるということですね。
ということは、『あなたにとって』という枠組みを与えられても答えの出ないときというのはどんなときか?
長くなりましたので、続きは次回にさせてください。
(携帯閲覧メインでブログを構築しています)
今日の午後六時には更新します。
ありがとうございました。

■ 「ヤル気がでない本当の理由2」を待ってる間はこの記事

  • 仕事が嫌になったら読む記事
  • 縛られてない?
  • 鈍感力
  • [`evernote` not found]
    LINEで送る

    « »