無知の知とは?成長し続けるって?

謙虚思考

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The Death of Socrates
~The Death of Socrates~
by:Jacques-Louis David

「無知の知」と言ったのはソクラテスでしたっけ?ほんと無知ですみません。
さらに、体はムッチムチですみませんです。
明日、ムッキムキになる予定なのでお許しください。
で、この「無知の知」ですが、今に残っているだけあって色々なことを感じさせてくれます。
ちょっと今日はそれについて思ったことがあるのでメモです。
よろしければおつきあいください。

■ 無知の知とは、問答法とは、

「無知の知」とは何かというと、
「自分が無知であるということを知っている」というやつですね。
ソクラテスさんが、当時、他の知識者と一線を画していたのはそこなんだそうです。
いつの時代でもそうですが、いくところまで行ってしまった方は上から目線で
「なんなら俺が教えてやろうか?」
とやってくる。

【引用】失礼ですけど魅力のない方って、もう自分が行くところまで行っちゃったみたいなんです。若い人に対して、ちょっと上からものを言ってくるんですね。(中略)
そういう方たちは、なんか上からものを言う姿勢で来られる傾向があるんですよね。自分は、世の中のことをたくさん知っている。いろんな経験を重ねてきている。だから、なんでも聞きなさい。私は教えてあげるよ、っていうようなスタンスなんです。
~イチローさんの話~
【出典】ぴあ株式会社『イチロー×矢沢永吉 英雄の哲学』P22-23

そういうような人たちにソクラテスさんは、
「お前は自分が知識人だと思ってるんだろ?俺は違うぞ。俺は自分が知らないってことを痛いほど知ってるのさ。」
と言った。
それでやらなきゃいいのにと思うんですが、
「ちなみにお前の無知さも知らしめてやろうか?」
なんて始めたのが、ディアレクティケ…問答法です。
質問を繰り返し、自己矛盾に陥らせて「自分の無知」をソクラテスは相手に自覚させたんですね。

【引用】説明すればするほど、立場が弱くなるのが普通です。
《論議というものは、およそ理由を尋ねたほうが勝ち》
ソクラテスもこう述べています。
【出典】大和書房『ラクをしないと成果は出ない』P94 著:日垣隆

「自分の無知を自覚すること」が真の知にいたる出発点だ、というソクラテスにしてみれば愛なのですが、相手にとってはたまったもんではありません。
でもまぁ、「吾唯足知」が大好きな僕は「謙虚でいこうよ」というような立場ですのでソクラテスさんを支持するんですが、
このソクラテスさんの「無知の知」は「よき謙虚さ」というものを教えてくれます。

■ 「無知の知」が教えてくれる謙虚さとは

自分が知識人かどうかなんていうのを人はどうやって判断するかというと、
比べることによって
です。きっとこの時代の人たちだってそう。
「自分は知識人だ」
と思っていた人たちは、周りの人間と比べて知っていることが多かった。
だから知識人と思ったんですよね。
でソクラテスさんは違うのか?比べてないのか?
というとソクラテスさんだって比べているんです。
何と比べているのかというとそこが違う。
神とです。
無限の知識を持っている神と比べれば、どんなに知識量があろうと有限でしかない私の知識なんて無に等しい。
で、ここからが「よき謙虚さ」の話なのですが、
「あなたに比べたら私なんて…」
というのは「よき謙虚さ」ではないのかもしれません。
だってほら、どんな尺度だって上には上がいるし下には下がいる、人と比べることを始めた瞬間そうなります。
「あなたと比べたら私なんて…(でも、あの人と比べたら私だって…)」
なんてね。
いつでもどこでも相手のいいところに焦点をあて、この人のここにはかなわないなと探せる人は素晴らしいと思います。
でも、もっと簡単に「よき謙虚さ」を体験するにはソクラテスさんに習えばいい。
つまり、
神と比べる。
神と比べれば、いつだって、どんなときだって自分は未熟です。
それに人と比べるときより卑屈にならずにすむ。
だって神ですよ?
中途半端に大きい人と自分を比べるから、
「なんで俺はあいつじゃないんだ」
なんて思ってしまうんです。
「いやぁ、あいつはすごい。尊敬するなぁ」
と素朴に相手のすごさを受け入れられるようになるまでは、神と自分を比べている方が卑屈にならずに過ごせます。
そして、そういう人こそ成長できる。成長し続けられるのだと思うのです。

■ 神と比べて「無知の知」…だからこそ成長し続ける

【引用】能面を作る日本一の人でも技術的に、事業家でもまだまだ自分が未熟だと思っている人はどんどんどんどん延びます。
そして不徳というのは、まだお釈迦様とかキリストに比べたら自分の徳なんてもう本当にちっちゃくてまだまだですっていう人はまだまだ上に昇ります。
【出典】『弟子入りおめでとう』 話:斎藤一人

ソクラテスさんだって「自分の無知を自覚することが真の知にいたる出発点である」と言いました。
では成長の出発点って何かっていうと、
・自分の無力さを知る
・未熟さを知るということですね。
それで、自分の無力さを知るにあたって、人と比べて自分の無力さを知ったときの罠が、
「俺なんてダメだ…」
という卑屈さであり、
「あれ…勝っちゃったよ…どうしよう」
という燃えつき症候群であり、
「俺には力がある」
という傲慢さです。
この三つのどの形であれ、行動力が著しく下がったり、成長する力が無くなったりします。
それなら神と比べてみませんか?
それで、いつまでも生涯現役、小さくても成長し続ける一歩を踏み出してみませんか?
神と比べれば、人は等しくちっぽけな存在かもしれません。でもそれでいて等しく価値ある存在なのだと思うのです。
謙虚さと自信…それは相容れないもののように感じますが、考えから同居できるような気がしています。
そして「知れば知るほど自分の無知を知る」という考え方は、夫婦の関係にも応用できると思うのですが、その話はまたいつかさせていただきたいと思います。
更新の遅いブログの、このような長い記事にあなたの時間をさいてくださりありがとうございました。
これからも何かを共有しながら、あなたと高めあっていければと記事を書いていきたいと思います。
アイデアホイホイをよろしくお願いします。
ありがとうございました。

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