怒りの連鎖

禅的生活

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【概要】習慣の力は強い。クセはなかなか変えられない。反応のクセは無意識であるから、さらに変え難い。怒りの反応もしかりである。すぐに反応し、怒ってしまう人は、力強い習慣エネルギーの犠牲者なのだ。ただ、習慣は変えられる。怒りの反応も、これまたしかり…か。

■ 怒りの連鎖、その犠牲者

ティク・ナット・ハンさんの「怒り」を読み進めています。
その中に、こんな話が出てきました。
父親との間に問題を抱えている12歳の少年がいたそうです。
その少年の父親は、少年がミスしたりこけたりすると、
「お前はバカか!何をやってるんだ!」
といったひどい言葉を少年に投げつけていたそうなんですね。
「よい父親」とは、なかなか思えないのも無理はないでしょう。
少年は自分がもし父親になったら「我が子が転んだとき、やさしく抱きかかえてあげよう」と、そう考えていました。
あるとき少年が妹を一緒に連れてきました。
その妹がハンモックから落ち、頭をぶつけ、出血したのです。
思わず少年の口から出そうになった言葉が、あの言葉です。
そう、
「お前はバカか!何をやってるんだ!」
すんでのところで言葉をのみこみ、怒りを落ち着かせるために、妹のことを周りの仲間にまかせ、数分、意識的な呼吸と、意識的な歩行をしました。
そこで少年が気づいたのが、次のことです。

【引用】自分のものごとへの反応や怒りは父親から受け継がれた、習慣のエネルギーだということに気づいたのです。(中略)
また少年は、彼の父親も怒りを受け継いだしまった被害者であることに気づきました。父親も少年に対してそのような態度をとりたくはなかったのに、彼の習慣のエネルギーが強過ぎるあまりにそうしてしまっていたのかもしれない、と。
【出典】サンガ『怒り〜心の炎の静め方』P56 著:ティク・ナット・ハン 訳:岡田直子

少年はこれに気づいたとき、妹への怒りはおろか、お父さんへの怒りすら収まったそうです。
刺激に対する反応は、体にしみこまされたクセ。習慣です。
ボッ、と心に火がついてしまうのも習慣。
ある刺激に、怒りの反応を選んでしまう習慣なんですね。
習慣という強力なものでプログラムされているのだから、怒ってもしかたがないのです。
でも、人は、どんな習慣からも抜けられる資質を持って生まれているようですよ。

■ 怒りの連鎖も断ち切れる

【引用】人間はほかの動物にはない自覚、想像力、良心、自由意志という独特の性質を持っているため、刺激に対して、自分の反応を選択する自由を持っている。
【出典】キング・ベアー『7つの習慣』P84 著:スティイーブン・R・コヴィー 訳:ジェームス・スキナー 川西茂

刺激に即反応するのは動物的なことです。
人間も動物なのだから、仕方がない。
ただ、他の動物と違うところは、この4つの性質を持っているということ。
自分がどんな状態なのかを「自覚」し、今の状況がどうなっていくのか、どうなるといいのか、などを「想像」し、「良心」で善悪を区別して、周りがどうであろうが「自由意志」を使い、自分の意志の通り行動できるのですね、人間は。
父から子へ、子から孫へと遺伝のように受け継がれていく怒りのプログラム。
自分の代で断ち切るのが一番なんでしょうね。
僕も断ち切らないとなぁ。当たり前のように受け継いじゃったらもったいないや。
怒りも、ただのクセにすぎません。
されどクセ。クセ、習慣は変えられます。
一緒に変えてみませんか?
長い文章最後までおつき合いいただき、ありがとうございました。

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