快楽をより享受する

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快楽。なんといいますか、とても素敵な響き。
甘美な感じがこの単語には漂っております。
快楽=オーガズム、と直結してしまうあたり、自分の快楽に対する考えの浅さが浮き彫りで困っちゃう。
えぇ、本日は「快楽をより享受する」ことについてです。連日連夜、マーティン・セリグマンさんにはお世話になっております。どうぞ、よろしくお願いします。

■ 全ての快楽についての共通点

【引用】快楽の「慣れ」は、意識して間を置くことや、友人や恋人とお互いが驚きをもたらすような配慮をすることで避けることができる。「味わい」と「注意深さ」は、快楽を誰かと分かちあい、心を打つ写真を撮り、自分をほめ、視野をとぎすまし、対象に没入することで得られる。恩恵に浴し、神に感謝し、驚きに目を見はり、大いに楽しむ。
【出典】アスペクト『世界でひとつだけの幸せ』P164-165 著:マーティン・セリグマン 訳:小林裕子

オーガズムだけではなく、快楽には様々なものがありますね。
空腹のときに食べる美味しい料理、疲れた体をお風呂で癒すこと、一日汗水垂らして働いた後のビール、寒さに凍えて帰ってきたときに飲むココア、大好きな曲を聞くこと、気のおけない友だちとの会話…。
こんな様々な快楽ですが、共通していることがあります。
それはどの快楽にも「慣れ」があるということ。

■ 快楽の享受。「慣れ」を上手に使う

どんな快楽にも「慣れ」というものが存在します。
毎日毎日美味しいものを食べていると、その味に慣れて快楽を感じなくなってきます。
豪邸にすみ毎日が温泉なら、その温泉での快楽は少なくなっていくでしょう。
「慣れない快楽があればいいのに」
と思うのですが、少し恐ろしいことになるようです。

【引用】ラットの脳内に発見されたという「快楽中枢」のことを聞いたことがあるだろうか。ラットの脳の大脳皮質下にごく細い電極を埋めこみ、ラットが棒を押すたびに少量の電流を流したところ、ラットは食事や性行為、はては生きることそのものよりも、この電流の刺激を好むようになったというものだ。
【出典】アスペクト『世界でひとつだけの幸せ』P157-158 著:マーティン・セリグマン 訳:小林裕子

ここから中毒というものが発見されたようですが、中毒というのは恐ろしいですね。
生きるよりも、その快楽を優先してしまうのだから。
慣れがあるからこそ助かっている部分はあるのですが、快楽に慣れると人はどうなっていくかというと、求めるものがエスカレートしていくんですね。
より美味しい料理、より刺激的なセックス、より豪華な、より、より、より…。
どうせある「慣れ」なのだから、上手くお付き合いしていくのがいいのでしょう。
つまり、快楽と快楽の間をあけるということです。

■ 快楽の享受、快楽と快楽の間

おなかが減っていれば、握り飯一つが絶品料理です。
のどカラッカラなら、高級ワインじゃなくても水で美味しい。
どろっどろになった体は、温泉でなくともシャワー一つでとてもいい気分。
自分が好きな種類の快楽が「あ…なんだか飽きてきたな」と感じたなら、それは快楽と快楽の間が短すぎるのかもしれません。
そんなときは間隔をあけてみませんか?
不快も使いようで、次に訪れる快楽にとてもよいコントラストをつけてくれます。
本日はこんなところで、一旦終わらせていただきたいと思います。
次回は、快楽を享受するための「味わい」「注意深さ」についてです。
本日もありがとうございました。

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