少欲知足とは

謙虚思考

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■ 仏教「少欲知足」の教え

【引用】多欲の人は多く利を求むるがゆえに、苦悩もまた多し
少欲の人は求むることなく、欲無ければ、すなわちこのうれい無し
もし諸々の苦悩を脱せんと欲すれば、まさに知足を観ずべし
知足の法は、すなわち是れ富楽安穏の処なり
【出典】朝日新聞出版
『けちのすすめ~仏教が教える少欲知足』
著:ひろさちや

■ 少欲知足とは

少欲知足とは、「欲を少なくして、足るを知る」ことです。
知足。深いですよね。
僕は常に龍安寺の「ちそくばい」をコインに刻んだものを持ち歩いて、
「吾唯足知」を心に念じているのですが、
「嫁さん!もうちょっとこうしてくれよ!!」
足るを知らず、今に満足できず、嫁に感謝せず、喧嘩ばかりしております。
少欲知足。
欲を少なくして、今持っているものに満足し感謝すること。
これが、どうしていいのかというと、楽だからです。
欲を少なくするのがなぜ楽なのか?
その前に、欲望には二種類あるというお話。

■ 人を不満に陥れる欲望

【引用】満たされることで満足できるのが「自然の欲望」。
そしてもう一つ、満たしてしまうと、さらに次の欲望が生まれてくるのが「奴隷の欲望」。
【出典】朝日新聞出版
『けちのすすめ~仏教が教える少欲知足』
著:ひろさちや

神様がくれた、生存のための欲は、たいがい満たされると、
「お腹いっぱい!もういいよ!」
となります。
こちらの欲望は、そこまで問題ではありません。
なぜなら、この「自然の欲望」が原因で人が心で苦しんだりすることは少ないからです。
問題はもう一方の欲望。
「奴隷の欲望」です。
満たされれば満たされるほど、また新しい欲を生むもの。
そんな欲は人に「不平不満・愚痴・文句・悪口」を言わせます。
この欲に人の心はかき乱され、憂いも多くなってしまう。
「こうなって欲しいなぁ」
という欲が、不平不満を呼びます。
例えば、
「やさしい彼になって欲しい」から、
「彼がやさしくない!」という不満が、
「金がもっと欲しい」から、
「なんでこんなに給料が少ないんだ!」という不満が生まれます。
不満が起こる葛藤状態の心は、安穏とはほど遠いですね。

■ 少欲知足で「奴隷の欲望」から自由に

欲があるから、人は不満をいい、心が乱れる。
なら、欲を少なくすれば、気が楽になるのは道理です。
全部の欲を取り除くことはありません。
僕は本を出したいのですが、書いても書いても、出版社に持っていっても、なかなかうまいこといきません。
でも、楽しいからやってます。
楽しいから追い求める。
そんな欲はどれだけ求めてもいいのだと僕は思っています。
欲の大きさだけワクワクしてくるのだから。
でも、今不満で不満でたまらない!
不安で不安で死にそうだ!
そういうのなら、ちょっと自分の心の中をのぞいてみて、そこに隠れている欲望をちょこっと少なくしてみませんか?
気楽になれます。
全部の欲を取り除くなんてことは無理だから、
ちょこっとだけ「求めない」。
求める気持ちをストップしてみる。
違うものが見えてくることうけあい。

【引用】少欲有るものは、すなわち涅槃あり、これを少欲と名づく
少欲である者の心はおのずから安らかである。
憂い恐れることもなく、いつでも満ち足りている。
少欲であれば心は静まって涅槃となっている。
これを少欲と名づける。
【出典】朝日新聞出版
『けちのすすめ~仏教が教える少欲知足』
著:ひろさちや

「少欲知足」。
一緒に実践してみましょう!
今日はありがとうございました。
ひろさちやさん、心にくるお話、ありがとうございました。

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