学びについて「守破離って」

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嫁のナビ無しに家に戻っていました。
引っ越しをしたもので、嫁の実家からの帰り方が前と違うのです。
いつも教えてくれる近道を通ろう、そんなことをしなければ帰られるのですが、欲が出ました。
いつのまにか、畑間の細い農道に迷い込んでいます。
「…カーナビ…つけるか」
地元から家に帰ることにカーナビを使う…なんだか屈辱的なシチュエーションにプンプンしていたら看板。

新橋開通にともない、通行止めとさせていただきます。

300mぐらいバックして折り返しました。

■ 守破離って

嫁様「次は右ねぇ」
千石「わかってるわ!」
道を教えてもらっているとき、あまりにスイスイいけるので判った気になっています。
友だちの車に先導してもらっているときもそう。
「次はいけるな」
と間違って思ったとしても、僕の場合は…路頭に迷う。
ま、いろんな意味で路頭に迷うのは得意です!…はずかしい…。
技を会得する、自分の技術にしていく、そういうときに使われる言葉に「守破離」というものがあります。
守って、破って、離れていくんですね。
道を教えてもらっているとき、これは守です。
嫁の教えてくれる通り、しっかり忠実に行く。
守ができるようになったら、
「もしかして、この道も行けるんじゃない?」
これが破。
もっとも僕のエピソードの場合は、「守」ができていないのに、はからずも「破」の段階にいってしまっているのですけどね。
間違いでした。
で、「なんだ、この新しい道の方がいいね♪」
というのが離です。
師匠を離れていくのですね。

■ 守破離のどの段階?

大人になる楽しさというのは、自由度が上がるということだと思うのですね。
学びもそう。
子どものときと違って、自分が学びたいものを自分で選べます。
学んでいるときなのですが、「守破離」のどの段階かな?なんて考えると、ちょっぴり楽しさ増します。
「まだ『守』が足りんな」とか、
「そろそろ『離』やな。我流の道を開拓すんぞ」ってね。
「破」と「離」は面白いのですが、一番大切なのは「守」の部分だと思います。
なぜなら「破」と「離」には自然にすすんでしまうからです。
「守」は「しっかり型を覚えなきゃ」とがんばらないといけませんので。
そして「守」で大切にしたいのが「基本」の部分です。

【引用】世の中を渡っていくのに、必要なのは「基本」です。「基本」を覚えることって、すごくおもしろいんです。
【出典】PHP研究所『強運』P154 著:斎藤一人

なぜ基本かというと、基本はいつも同じだから。
応用を勉強してしまうと、自分には当てはまらないかもしれないのですね。
子育てについて勉強するなら、「子の自尊感情を育む」というのが基本です。
でも応用の「叱り方」なんてところは、自分の子に当てはまるかもしれないし、当てはまらないかもしれない。
応用の部分は「ものにする!」ではなく、「試してみる」ぐらいでいいのですね。
「守」で基本を学び、「破」、「離」で自分に応用していく。
学ぶって本当に愉しいことだと思います。
ありがとうございました。

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