子育て「あきらめ論」

子育てアイデア

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【概要】子育てには、あきらめが必要です。
「ごめんね、ママのプリン食べたからって怒り狂って」
「いいよ。じゃぁ、ミルクプリンも食べてイイ?」
「…あなたがどうなってもいいならね…」
子育てあきらめ論
by:Fenanov

■ 教師がすごいんじゃない。生徒がすごい。


聞いた話です。
学校の先生として持っていないといけない考え方、というのがあるそうですね。
陸上の指導をしている先生がぼやいておりました。
「ソフトボール投げ…距離でないなぁ…俺じゃない人に指導してもらったら、もっといい記録が出るだろうに」
その先生に教頭先生がかけた言葉。

「先生、子どもが大会でいい記録出せたら、それは子どもがすごかったんだよ。
その逆も…しかりなんだな」

指導者として自分はダメだ…、そうやって自分を責める先生は、責任感の強い人なんです。
でもその責任感が災いして、ただ自分を責めるだけになり「他の人だったら…」なんて考え出したら、その先生は前に進めません。
また、実は「自分の指導が悪くて子どもの記録が伸びない…自分はダメだ」という考えは、傲慢さの現れだったりします。
裏返したら判る。
「子どもの記録が伸びたのは自分の指導のたまものだ!自分はすごい!!」ってね。
行き過ぎた責任感は、その人の歩みをただむやみに止めるだけ。そしてもし成功したときにも、傲慢さを生んでしまうだけです。

■ 責任感もバランス

まったく責任感が無いのもダメでしょう。
この教頭先生が陸上の先生にこんな話をしたのも、責任感が過ぎて歩けなくなっていたからでしょう。
責任感が無さ過ぎて歩こうとしていない先生に、こんな話はしません。
「子どもが悪いんだからしょうがない」
なんて言っちゃったら、プロとしてどうなんでしょう。
「何か指導法があるはずだ!」と考え、行動にうつせる人は、「自分にも何かできることがあるはずだ」、という気持ちを常に持っている人です。
こういう責任感こそ適度なものといえるのではないでしょうか。
責任感も行き過ぎてはいけない。しかし持たないのはもっといけない。
要はバランスなのですね。

■ 子育て「あきらめ論」

あるテレビでのワンシーンです。
「さっきから言ってるじゃない!どうして何度も何度も繰り返すの!ちゃんとしなさい!」
あまりに厳しく子を叱るそのお母さんに、「少し厳しすぎるんじゃないか?」とお父さんが声をかけました。
するとお母さんは、
「何言ってるの!子どもができないのは私たちのせいなの!私たちの責任なのよ!!」
我が子を前にすると、どうしても叱ってしまうお母さんの心がよく現れたシーンに感じました。
お母さんは、幼稚園のママさんたちから、
「しつけがなってないんじゃないの?」とか陰口を言われているのかもしれないし、お義母さんから、
「どんな教え方をしているの!?」と皮肉まじりに何かを言われているのかもしれません。
ただでさえまじめで、責任感のあるお母さんは「私がダメなのかしら」と自分を責めながら、「なんとかしなきゃ」と子を叱ってしまうのです。厳しすぎるよね…かわいそうだな…ごめんね…と感じながら。

【引用】あまりに子どものことが気になってしかたがない場合は、ちょっと突き放して、いったん、あきらめてみることも必要だと思います。
子どもがやんちゃで言うことを聞かないのは、必ずしもお母さんの育て方が悪いからとはいえませんし、ましてや母親失格という意味でもありません。やんちゃな子でも、案外優しいところもあるものです。
この子もダメ、母親もダメ、ではなくて、
この子もけっこういいとこある、私もけっこういい子育てしてる、
と思ってほしいのです。そしてそれはきっと事実です。
【出典】1万年堂出版『子育てハッピーアドバイス2』P78 著:明橋大二

過ぎたる責任感は、お母さん自身をダメにしてしまいます。
「叱りすぎてる…厳しすぎるよな…」
そう感じるなら、それは警告のサインかもしれません。
責任感のバランスを崩しているという警告のサイン。
少し子育て「あきらめて」みませんか?

■ 子育てあきらめ論、「あきらめる」の語源

「あっ!チョウチョだ!」
と叫び捕まえた蝶を笑顔で持ってきます。
「ねぇねぇ!チョウチョつかまえたよ!」
大事に握りしめられた手のひらを開いたとき、さっきまで元気だった蝶は動かなくなっていた。その子は泣いてしまいました。
「こうじゃないとダメ」「あぁしないといけない」
しつけは、それの連続です。
そのこだわりは、握りしめられたこぶし。手の中の蝶をつぶしてしまうかもしれません。
つぶれる蝶は子どものこと…だけではなく、あなたのことも含まれています。
あきらめてみませんか?
こうじゃないといけない…そのこだわりを、少し手放し、突き放してみませんか?
あきらめ、手放し、少し子育てを突き放すことで得られるものは二つです。
一つは、子のそのままを見る視野。
あまりに近すぎて見えなかったものが、少し突き放し距離をとれば見えることがある。
「この子もがんばってるじゃない」
そしてもう一つは、子のそのままを受け入れる余裕です。
握ったこぶしではなかなか難しいですが、焦りから解放された心、やわらかに開かれた手のひらなら、その子を抱きしめてあげることができますから。
「この子のままでいいんだな。大好きだよ。」
あきらめるというのは、子をほったらかしにしてしまうのではないのですね。
あきらめるの語源は「明らかに見る」。
子を受け入れ愛するためにも、子のそのままを見るためにも、何より、親であるあなたが自分を責めないために、子育てには、あきらめることが必要なのだと思います。
あなたの笑顔なくして、子の笑顔が育つわけがありません。
偉そうなことを、長々と書いてしまいました。
嫁にこの話をしたら、「何?『子育て、あきら、メロン』って?」と。
今度書きますね、子育て・あきら・メロン。…あきらって誰?
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

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