子どものケンカ、大人のケンカ

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【概要】子どもはその場で殴りあうかもしれない。大人は違う。グッと我慢して家に帰り、そこから始まる。

誰にでも、嫌な人っています。
千石にもかつていました。そういう人へのムカつき、イラだち、くやしい気持ち、それってどうしたらいいんでしょうか?
大人のケンカ、これは子どものケンカとは違うんですね。

■ 子どものケンカ、大人のケンカ

【引用】「相手をやっつけてやりたい」と思っても、私たちはもう大人です。
子どものケンカだったら、殴り合いってこともあるかもしれないけれど、大人はそれ以上の対応をしなきゃいけません。
大人のケンカは、なぐりたい気持ちをぐっとこらえて、家に帰るんです。
そして家に帰って、猛然と勉強を始めるんです。一生懸命、本を読んで、どうしたら相手を抜けるか考える。
「課長に理不尽なこと言われました」って、泣いているヒマがあったら、猛然と勉強して、課長を抜く方法を考えるんです。
【出典】PHP研究所『強運』P120-121 著:斎藤一人

ポカポカ殴りあうのが許されるのは子どもまで。
体が大きくなると、そうはいかないかもしれない。
僕などは身体は大人で心は、ね、ほら、子どもみたいなもんなので、ポカポカ、ポカホンタスしちゃうけど(?)いけませんね、それじゃ。
大人は堪えるのだそうです。
そして家で猛然と勉強。
「あんな奴に負けてたまるか!」
斎藤一人さんは、講演の中で「『ビタミンふざけるな』が足りてない」というようにおっしゃっていたと思います。
みんなの前で恥じかかされた!
家で猛然と勉強してやっつけちゃいましょうよ。
理不尽すぎる!
そんな人に頭下げなくてもいいように勉強して、お金持ちましょうよ。いや、そいつより幸せになりましょうよ。

■ 人間大きくなると…

いつまでも気になる、ムカつく、というのは、結局のところ、その人に勝てないということなんですね。
社会的に立場が上、下、というのも大切です。
でも、自分の人間が大きければ、小さい者がピーピー叫んでも気にならないものです。
心に余裕があり、大きい状態であれば、子どもが泣き叫んでいれば、
「あら、どうしたの?かわいそうに…」
でも自分が小さい状態であれば、
「うるさい!!黙りなさい!!」です。
相手が気になる、腹が立つのは、存在が自分より大きいか同じぐらいで邪魔なんですね。
勝てない…というよりも、その人から学ぶべきものを学べていない…と言った方がいいかもしれない。

【引用】一生懸命勉強して「ふざけるな!」って思っている人を抜いたとき、はじめて「ああ、この人がいたから、いまのオレがいるんだ」って感謝の気持ちに変わるんです。
いつまでも恨みごとを言っているのは、まだ相手を抜いていないってことなんですよ。
【出典】PHP研究所『強運』P121 著:斎藤一人

嫌な奴を越えたときって、結果的にその人に感謝することになるんです。
中学のときに僕を何かしら理不尽に攻撃してきた人は、周りの友だちのよさを際だたせてくれました。
「あぁ、あいつに何言われようが、なんでもないな。めちゃくちゃ助けてくれる人がおるもん」
その子のおかげで、テニス部での先輩のシゴキが合理的なことこの上なし。
もし普通に中学生活おくってたら、年中球拾いさせられることに嫌気がさして辞めてたかもしれない。
「ビタミンふざけるな」で、学ぶのは素敵だと思います。
学ぶのは学問かもしれないし、仕事の段取りかもしれないし、心のこと、友だちが宝物であることかもしれない。
その後に訪れるのは、嫌な奴への「ありがとう」です。
結果は「ありがとう」に行き着くのだから、先感謝しちゃってもいいかもしれませんね。
「ありがとう、課長。おかげで僕の心に火がつきました。あなた、やっつけるために勉強します。」
これが言えたら、すでにそれは相手を越えているような気がしますが、いかがでしょう。
嫌な奴の存在、それは自分が学ぶための起爆剤。
いずれ感謝してもしたりない者となる。
幸か幸せか、最近ムカつく人が僕の前に現れません。
なんというか、上手に教えてくださる人ばかりで。
笑顔でグサっっっっと刺してくることはあるけど。
長い文章、ありがとうございました。

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