冷暖自知とは

禅的生活


【引用】「冷暖自知」という禅語があります。たとえば水の冷たさや温かさは、口でいくら説明してみても、さわってみて体験しないことにはわからない。身をもって体験することの大切さを説く言葉です。
【出典】三笠書房『禅、シンプル生活のすすめ』P127 著:枡野俊明

■ 言葉の重み

塾の講師をしていたときのことです。
なんだか知りませんが、僕の恋の話を聞きたがったので話したんです。
すると恋の話がいつのまにか愚痴になり、
「どっちがフったかわからないような別れをしてね、この間。はぁ…」
で、これまたいつのまにか
「『はぁ』ってため息ついてるってことは別れたくなかったんじゃん。なんでなんで?最後の最後まで幸せそうな話で、別れ?追いかければいいじゃん。もうフりむいてくれなくてもさぁ。」
励まされております。
まったくもう!この中学生は人の気も知らないで。大人の恋はちょっと複雑なんです!!と内心思うのは、
「経験ないでしょ?本当のところでは判らないよ、あなたには」
と考えているから。
でも、もしかしたら「冷暖自知」、この子なりの体験で知っていたのかもしれない。
何か言葉に重みがあり、
「ありがとうね…そうやな、うん。」
と答えていました。
テレビを見ていても、なんとなく軽い言葉の人がいます。
逆に何か説得力があり、言葉に重みがある人もいます。
何が違うのか?
というときに出てくるのが「冷暖自知」という言葉でしょう。
自分の文章が薄っぺらいなぁ、と感じているときは、体験していない、自分自身がよくわかっていないことを語っているときです。
体験する大切さを忘れずにいたいと思います。
「お互い好きで別れたことあるの?」
「お互いか知らないけど、相手を好きなのに別れを切り出しちゃったことはあるよ。」
な、なんなんだ、この中学生は!?
ありがとうございました。


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