今に目を向ける「気づき」の実践

禅的生活

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■ 色受想行識

般若心経の一節です。
ある事象「色」を「受」けてですね、どう「想」い、どう「行」い、どう認「識」するか、ということです。
もともと事象には色がついていない「空」なのですが、人が受けてどう認識するかによって、全ての事柄が色づけされているのだ、というのが般若心経「色受想行識」周辺の意味合いであります。
世の中には善も悪もなく、幸せも不幸もない。
それを悪である、これこそが幸せであると、そんな風に決めているのは何を隠そう人自身なのだ…と般若心経は教えてくれます。

【参考文献】風雲舎『釈迦の教えは「感謝」だった』
著:小林正観

ところで、世の中の事象を「受想行識」しているわけですが、そもそも「受」すらしていなかったらどうなるのでしょう?
つまり、色々なものを受けることすらできていなかったら…
それが、今日のお話です。

■ 気づかなければ、何もない

マジックアワーというのをご存じですか?
『ザ・マジックアワー』といえば三谷幸喜さんの映画ですが、マジックアワーとは、日が沈む瞬間に息をのむような空を見せてくれる、一日に一度訪れる魔法の一瞬のことをいいます。
天気が良い日なら、毎日のように訪れているマジックアワーですが、それに気づける人はあまりいないかもしれません。
気づけなければ、無いのと同じ。
どんなに素晴らしい時も、それは無です。
受が無ければ識も無い。全ての事象は色づきません。
そして、気づけていないのは、何も美しい夕陽だけではないんです。

■ 今に目を向けるからこそ見える世界

【引用】気づきとは、自分のすべてをもって、そこにいる能力です。気づきのエネルギーは、そこにあるもの、すなわち自分自身、そして愛する人々の存在に気づかせてくれます。今ここにいるという能力がなければ、自分自身にも、また自分の幸せや苦しみにも、気がつくことができません。
【出典】アスペクト
『あなたに幸福が訪れる禅的生活のこころ』
著:ティク・ナット・ハン 訳:山岡万里子

意識すると判ります。
僕はほとんどの時間を今に生きていません。
過去を思い悔恨し、未来を考え不安になっています。
今ここにいないのですね。
そんな思考をめぐらしているとき、目は覚めているのに何もうつっていません。
時も景色もただ流れていくだけです。
目の前にあったとしても見ていなければ、マジックアワーはありません。
今、まさに目の前にあるものを幸せと気づけないのなら、どこまでいっても幸せは無いように思えます。
全ての事象は幸せも不幸せも無い「空」であり、それを幸・不幸と色分けしているのは自分自身(の「受想行識」)なんだ。
なら、しっかり今に目を向け、気づき、事象を受けとって、目の前にある幸せを感じるのがいいでしょう。
まずは受けなければ始まりません。
つまり、今に目を向けるということです。
そして今に目を向ける練習は、いつでもできるようです。

■ 今に目を向ける、気づきの練習

【引用】気づきの実践とはただ、自分が行う行為に全身全霊を注ぐことです。
【出典】アスペクト
『あなたに幸福が訪れる禅的生活のこころ』

呼吸は無意識に行っています。
そんな呼吸を意識的にすることによって、今に目を向けることができます。
息を吸うときに、「吸ってるぞぉ」。
息を吐くときには「吐いてる」と意識してみる。
全身全霊で、その行為を行えば、今ここに存在することができます。
一歩一歩をしっかり意識して歩く。
人の話を、ただただ聴く。
「次、何話そうか…」なんて僕はよく考えて上の空で聞いてしまっています。
コーヒーをゆっくり味わう。
その仕事一つだけに取り組む。
今に目を向ける実践を一緒にやってみませんか?
少し続けただけでも僕には効果がありました。

【引用】仏陀はこう語っています。「過去はすでに過ぎ去り、未来は未だ来ていません。あなたが生きるのはただ一瞬のみ、それが今というときなのです」と。
【出典】アスペクト
『あなたに幸福が訪れる禅的生活のこころ』

後悔も無く、不安も無い。
ただただ今に生きている。
そんなニュートラルな気持ちであるからこそ見えてくるものがあります。
ちなみにマジックアワーを見逃したらどうすればいいと思いますか?
答えは「また次の夕陽を待てばいいだけ」です。
幸せを見逃していたとしても、今に目を開いて、また次を待てばいい。
今から始めればいいんですね。
おだやかな心で世界を見るのは、今。
今日もありがとうございました。

■ 「今に目を向ける気づきの実践」と一緒に読むなら

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