人間の苦しみは…お釈迦様の教え

禅的生活

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【引用】お釈迦様の根本的な教えである「無常無我」。人間の苦しみは、この「無常無我」を自覚しないところにあると説いています。
つまり、この世の物事が常に変わらないものだと考えるところから、迷いや苦しみは始まる。
【出典】三笠書房『禅、シンプル生活のすすめ』P141 著:枡野俊明

■ 変わらない…という期待

「なんで今日はこんなにツイてないんやろ」
とさっきポツリと独り愚痴ったばかりの千石でございます。
「いやいやいや、ツイてるツイてる!」と言い直しても、つい本音がでちまいました。
普段から、なんだかんだでうまくいく状態が当たり前だと思っているのです。
それが普通だから、その普通の状態から変わらないでほしい、そんなふうに期待をしている。
もちろん、そんな期待は裏切られる方が当たり前。でも、それを本当の意味で判っていないから、常に変化する毎日に「あぁツイていない」と不満をこぼすのでしょう。
変わってくれるな、そんな期待をするから、裏切られ、悩み、苦しむのですね。
「そんな日もあるさ」
日々変化する毎日を、「無常無我」をそんな言葉で受け入れることができれば、苦しみもなくなるのに。

■ 人への期待が裏切られ

どんな期待も裏切られるためにあるのではないか、と思うほどです。
「あ…昨日は猫のトイレ、きれいにしてくれたのにな…」
嫁の期待は、毎日、私によって裏切られております。
千石「千変万化の旦那、飽きがこなくてええやろ?」
嫁様「………はぁ!?…」
相手がこうしてくれない…
昔はああだったのに…
期待が裏切られたことによる心のうめきは、そこかしこにあふれております。
特にきついのは、愛する人の心変わりではないでしょうか。
「『ずっと好きだ』っていってくれていたじゃない…」
「『一生守って』って、嘘やったんかよ!」
恋の悩みも、迷いも苦しみも、
「変わらないはず」
そんな思いこみによる期待が裏切られる形で始まっているのかもしれません。
「そんなふうに、変わってしまったんだな…」
愛する人が変わってしまう苦しみ、ちょっとやそっとで受け入れられるものではありません。
仏教における四苦八苦の一つにも数えられる「愛別離苦」。
悟りをひらいた人でしか受け入れられないのではないのかな…と思う。

■ あの人がいてくれる…という当たり前ですら

愛別離苦といえば、嫁がこんなことを言っていました。
「出産って命がけでしょ?最近さ、私たち仲がいいじゃない。なんだか一瞬、お別れの準備をしているのかな、と思っちゃうことがあるの。」
そんなわけないやろ!
とは言い切れない感じがして、とても切ない気持ちになりました。
無常無我。変わらないものはない。
それを知るからこそ、大切にできるものがあるのかもしれません。
愛する人との別れは必ずくる。
嫁とも、一期一会…ですか。
苦しみは、変わらないという思いこみから生まれる。
すべては変わるということを受け入れたとき、そこにある切なさと儚さが、今目の前にある大切なものに気づかせてくれる。
桜の美しさの9割は、その儚さにあるのだと思います。
なんだか偉そうな話になってしまいました。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございます。

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