人を喜ばせるために

自分ブランディング


【概要】何かをしてあげる、その心意気が素敵。でもありがた迷惑になる不安がある。簡単に喜ばせるなら、頼まれたことをやるのが一番。

■ 頼まれるといやになる私

どこでどうなったか、嫁に見られているとまったく家事をする気がおきません。
朝四時に起き、嫁が寝静まっているころならガンガン動いたりするんです。
しかし、起きてきたら、パッタリ、静かに炊事場を離れていきます。
嫁「あれ?ねじ終わった?巻きなおそうか?」
千「どんだけ巻かれても動けません」
嫁「あぁ、そう。そうですか。」
思えば母親の手伝いもそうでした。
母が起きてくる前なら、洗い物でも雨戸あけでも新聞取りでもホイホイやります。
でも起きてきたら…ストップ…。
そして頼まれてもイヤ。
母「弥一、お風呂洗って!」
千「やっ」
起きてきて「わぁ弥一、やってくれたの!?ありがとう♪」と喜ばせるのが楽しみなのに、頼まれてやっても意味ないやん…と、そんな感じです。

■ プレゼントは難しい

「プレゼントをあげるなんて恥ずかしくない?」
その気持ち、よくわかります。
「だって喜んでもらえないかもしれないし、ありがた迷惑なんて最悪じゃん」
ですよね、ですよね。
この女子高生だけでなく、企画好きの友だち、サプライズ好きの友だちも、ポロりとそんな話をしてくれたことがあります。
自己満足で終わってたら残念だな、と。
「喜ぶさ」と思ってプレゼントをするのは素敵なことです。
プレゼント自体ではなく、その心意気が何より素敵。
でも本当に「喜ばせたい」となると難しくなってきますよね。
相手の意志は操作できない。最終的には喜ぶ喜ばないは相手の問題ですもの。
それでも悩み、時間をかけ、プレゼントを選び、サプライズを企画する、その手間暇が素敵です。
プレゼントはどんどんしたらいいと思います。
でも、もっと確実に喜ばせる方法がある。

■ 人を喜ばせるために

【引用】頼まれてもいないのに「これをやってあげたら喜ばれるだろう」と考えて行動すると、「余計なおせっかい」を押し付けてしまうことにもなりかねません。けれど、よき仲間からの「頼まれごと」をしている限りは、間違いなく喜ばれるでしょう。
「頼まれごと」とは、自分で汗をかいて「その人の要望」に応えることです。
【出典】ダイヤモンド社『もうひとつの幸せ論』P51 著:小林正観

嫁「あなたに一番欠けているところね」
千「はいはいはい、言われなくてもわかっております」
その通りなんです。職場の人、友だちならまだしも、嫁となるとできなくなっちゃう。
嫁をこっそり驚かせるというのは大きな感動があります。
その大きな感動を目指すばっかりに、小さい感動をバカにしてしまう。
頼まれたことを快くやり嫁を喜ばせる。
そういう小さい感動を僕はバカにしていたんですね。
嫁にとっては大きい小さいもないのに。
少しずつやっていきたいと思います。
いきなりは変われませんので、頼まれたら快く引き受ける、その回数を増やしていきたいと思います。
あなたも一緒にどうですか?

■ 頼まれたらやってみる

恋しているとき、片想いのときって「相手から何か頼まれたらなんでもやる!」みたいな気持ちですよね。
でも、たいていその彼とは少し距離があって、頼まれるようなことって滅多にありません。
「ねぇねぇ、絵を描くのが上手って聞いたんだけどさ」
そんなチャンスがきたら、小躍りしちゃいます。
でも、このチャンスをものにするためには、どうしても普段から頼まれ慣れしている必要があると思うのですね。
「あの子、確か絵を描くのうまかったって聞いたよ」
「え?そうなん?それじゃ、頼んでみようかな」
口コミで広がるようになったら、チャンスが増えるでしょ?
そしていざ頼まれたときも回数こなしていると、
「うん♪いいよぉ〜♪」快諾の言葉に♪がついてきます。
頼まれごとをやる、素敵ですね。

■ 頼まれごとを断ってもイイ

「何でもやらなきゃいけないのかな…」
もちろん断ってもいいと思います。
先約があったらしょうがない。
嫁「じゃあさっそく…米とぎ、洗濯、床はき、お願いね♪」
千「え…えぇぇぇぇぇ」
嫁「何それ。まだまだ修行がたりん!!!」
頼まれ上手への道。やること簡単なのに奥が深い。
先は見えません。
ありがとうございました。


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