なぜあたなが傷つかなければいけないのか?

恋愛のアイデア

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■ マイナスの感情も必要

面白いぐらい失恋してきました♪
告白の時点でフラれることももちろんありましたし、
付き合っていた人に二股をされたことも、愛する彼女を寝取られたこともあります…これって同じ意味かな?
何にしても不甲斐ねぇ。
失恋って色々な感情が湧きますよね。
「もっと自分にできることがあったんじゃないか?」
…情けなさ、やるせなさ、
「あの人の世界に生きていたのに、そこで否定されたら私…」
疎外感、
「どうしてこんなことに」
悲しさ、
「あれほど誰かを愛し、愛されることなんて、もう無いかもしれない…」
恐れ、失望、
「なんで裏切った?」
嫉妬、憎しみ……
こういう重傷もありますが、
仲間が先にどんどん結婚してしまったりして孤独を感じたり、寂しさを感じたり…こういうちょっとしたカスリ傷まで色々あります。
でも、その傷全ては、あなたに必要なものです。
マイナスといわれている感情全ては、あなたに確実に必要なものです。

■ 大きな傷も必要

小学校時代から大手塾に通い受験勉強をして、中高一貫の私立に通いましたので、高校を卒業するころには、ほとんどの友だちが六年以上の付き合いになってしまいます。
男子校のいいところは、変に色気づくこともなく熱苦しい男臭さ全面に押し出した学校生活を送れることです。
体育祭は死闘。それはそれは一致団結して他学年を叩きつぶしにいきました。
文化祭は何かがぶっ飛んだように色気づいてたけど…。
それぞれの個性を認め合って肩をたたき合う、そんな雰囲気が楽しかった。
学年180人、友だちでない奴なんていません。
卒業前、年も明けていなかったかな。
学校にこなくなった友だちがいました。
僕と同じで成績が悪く、よく一緒に補講を受けていた友だちです。
「どうしたん?」と先生に聞いても、濁した答えばかり返ってきます。
受験が厳しくなったんかな?
進学校だったので、勉強ができないとなかなか学校への足が重くなってしまう。
自分も高2のとき部活が終わり、勉強一色で評価が決まる学校に嫌気がさして登校拒否になったことがありました。
なんとなく判る気がして…でもそんなんじゃなかった。
クモ膜下出血による急死だったそうです。
お母さんが帰ってきたとき、階段の上で倒れていた。
卒業式直前、大教室のミーティングで明かされました。
(なんでやねん、先生!それおかしくないん?)
(なんで黙っとってん?)
「お母さんが、お前らがんばってるとこ動揺させたらあかん言うてくれたんじゃ。自分のせいでそんなことなったら、あの子が悲しむってな。
やさしい奴やったもんな、あいつは」
先生が泣いていた。

■ なぜ、傷つかなければいけないのか?

それぞれの友だちがそれぞれの感情を背負いました。
先生も、苦しかったんだろうなと思う。
「自分の苦しみは、自分にしか判らない」
「自分の悲しさが、お前に判ってたまるか!!」
こういう経験は大切なものだと思います。
必要なことです。
失恋の傷も、友だちを失った傷も、死別の傷も、自分だけのものであると判るから。
同時に、相手の傷も相手だけのものであると判るから。
癒されるには、傷ついている自分を受け入れてあげること。
「悲しんでいい、寂しくていい、弱るときだって、ため息をつきたくなるときだってあるさ。」
それでいいんだよ、そうやって受け入れてあげれば、すうっと楽になるときが必ず来る。
そうすると、ちょっぴり強くなった自分が雲間からひょっこり出てきます。
雨がやまなかった日は一日たりとも無いのだから。
でも、あなたが傷つき、自分の感情を受け入れてあげる必要がある本当の理由は、強くなるためではありません。
なぜあなたが傷つかなければいけないのか?
それは、人を癒せるようになるためにです。

■ 本当に誰かを癒せる人とは

こっぴどく傷ついた人は、
「自分の傷の痛さは、自分にしか判らない」
「最終的に治すことできるのは、自分しかいない」
その本質を知っています。
知っているけど、
「それは悲しかっただろうに…」
手を差し伸べ、包んでくれる人のあたたかさも知っている。
友だちのおかげで、一人では到底受け入れることのできない傷を受け入れられた…
誰かに頼らざるをえなかったような傷を負ったことのある人は、そんな感謝の気持ちを忘れたりしません。
だから、今度は誰かを癒すことができる。
「判るよ…判る…」
同じ言葉を言われても、言われる相手によって、その深さが全然違うと感じるときがありますよね。
それは、その言葉が口から出たのか、心から出たのかが判ってしまうから。
(本当のあなたの苦しさはあなたにしか判らないけど、その傷を受け入れる手伝いを少しでもしたい…少しでも楽になってほしい、包んであげたい…)
子どもが「自分でいいんだ」、そんな自尊感情を持つためには母親の手伝いが必要だといいます。
お母さんが「あなたはあなたでいいんだよ」
そう包んであげることで、子どもは自分を受け入れられるようになるのでしょう。
傷つき、子どものようにうずくまり弱ってしまった人には、母親のように包んであげられる人が必要です。
傷ついた自分を受け入れる手伝いをしてくれる人が必要なんです。
そして、
「ボロボロになったって恥ずかしくないんだよ」
心からそう言えるのは、色々な傷を負ったことのある人です。
傷を負い、背負い、受け入れることで深みを増してきた人です。

【引用】傷ついた経験のある人だけが、人のココロを癒せるようになる
【出典】中経出版『億万長者専門学校』著:クリス岡崎

だから、自分の小さな嫉妬や悲しさ、寂しさ、憎んでしまったことを否定しないであげてください。
「傷なんて無い」なんて強がらなくていいんです。
嫉妬をしちゃう、折れてしまう、そんな自分の弱さを受け入れられる人こそが、
相手の弱さを包んであげられる人なんだから。

【引用】
何かあるなら いつでも頼ってほしい
疲れた時は 肩をかすから
どんなに強がっても ため息くらいする時もある
孤独じゃ重い扉も 共に立ち上がれば
また動き始める
【出典】『Story』作詞:AI

この文章が、少しでもあなたの傷を包めることを祈って…
長い文章、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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