「目標」を捨ててみる?

らくがきアイデア

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■ らくがきアイデア

七時三十分の快速に乗らないと、会社に間に合わない。と、大急ぎで駅の階段を登っているときには、転ばないように足が無意識のうちに活動していることに気がつかない。目標を持って、その達成のために夢中になってしまうと、自分の日常生活を支えている宇宙の生命体の働きが、なかなか、学習できない。
【参考】三笠書房『道元「禅」の言葉』P81 著:境野勝悟

電車に間に合わないと走る、階段にさしかかり、駆け上り、最後の一段、躓き転ぶ。
痛がっている間に電車は出発していきました。
「なんでつまづくねん!」
と自分の膝を叩きます。
恥ずかしかったなぁ。
冒頭の引用からすると、このときは気付けませんでしたが、躓かせていただいたのも仏の愛かもしれません。

◆ 目標を追いギクシャクする夫婦間

うちの嫁さまとの関係がギクシャクするのも、こういうときな気がしています。
つまり目標に目がくらみ、生活をおろそかにしているとき。
最近でいえば、電子書籍執筆に向けやりたいことがあり、夕飯の用意、洗濯、掃除を二の次にしておりました。
独り暮らしの悪癖が抜けきれていないようで、
・ご飯は栄養が取れればいい、
・洗濯は着るモノが無くなったら、
・掃除は気が向いたときに…。
嫁さまのやることなすこと「勝手にやってる」と思っているところがあるんですね。反省、反省。

◆ その目標は応援されているか?

色々な考え方があると思います。
△で描くと底辺の土台に生活があり、目標はその上の頂点に位置させる、それが安定した目標達成のモデルだと考えています。
生活できなければ目標も何もありません。
あまりに目標に猛進してしまうとバランスを崩してしまう。
優先順位の一番は生活であった方がいいでしょう。
土台である生活がしっかりしていれば、目標も上に上に築いていくことができます。
直感としてバランスが悪くなっていると感じるなら、目標を捨ててみるのも手です。
生活がおろそかになり、家族の応援を受けられない目標など虚しいものです。
逆に近しく親しい人が応援してくれるような目標なら、達成も早いでしょう。
そんなことを考えさせられました。
さて、家のことしよ。

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