「一燈照隅万燈照国」とは

謙虚思考

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■ 決心していること、ある?

呑んでるときに「なんか決心していることある?」みたいな話題になったのですが、「英検一級とる」とか「ピアニカで『情熱大陸』をひけるようになる」とかいった決心が飛び交う中、
「カンカンが落ちてたら拾ってみよう、と心に決めている」なんて言い出したツレがいました。
「なんでそんなこと心に決めてんの?」
と聞くと、いざ目の前にカンカンが落ちていて、拾おうかな…どうしようかな…と思っているうちに通り過ぎちゃうからだそうです。
「ま、どうでもいいんやけどね」
と言っていたんですが、
「んじゃ、俺は美女が重そうな荷物持って階段上ろうとしてたら運ぶ!おばあちゃんでも運ぶことにするわ!」
「じゃ、人が事故ってたら一番に交通整備するわ!」
「妊婦に席譲る。決めた。」
「行商で荷車ひいてるおばさんいたら、後ろから押す!」
「美女が重そうな荷物持って階段上ろうとしてたら運んで、友だちになって、お近づきに…」
「もうええわ」
勝手しったる友だちとの酒は本当に愉しいです。
で、そう心に決めていたらできるもんで、その三ヶ月後、ある友だちがほんまに交通整備をしたそうです。
「無心でできたわ。理由無く。『いや、やると決めてたんで』みたいな。」

■ 「一燈照隅 万燈照国」とは

【引用】「一燈照隅 万燈照国」は、もともとは比叡山の延暦寺をひらいた最澄の言葉だそうです。
一人ひとりがささやかでも自分の身辺の一隅を照らす。それだけでは小さいあかりかもしれないが、その一隅を照らす人が増えていき、万のあかりとなれば、国全体を照らすことになるという、本当にいい教えです。
【出典】サンマーク出版『お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!』P155 著:中村文昭

■ 小さいと思える行動をしていこう♪

「自分の力は大したことありません」というのが謙虚だと思ってしまいます。でもちょっと違うときがあるらしい。
「自分のできることは小さいです」だからやっても意味がありません…っていうと卑屈。
「自分のできることは小さいです」だからこんなことしかできませんが…ってやると謙虚。
できることは小さくても、それを行動に起こすか起こさないかで、卑屈か謙虚が分かたれるようです。
できることは小さい。それでいいと思うのです。小さいと思えるなら、行動に起こしやすいですしね♪
その小さい火を灯せばいいのでしょう。
で、極論を言ってしまいますと、事の大きい小さいを決めているのは、所詮「人間様の物差し」にすぎません。
もしかしたら、その小さい行動が、その何でもない単純な作業が、回り回り回って、世界の反対に住む誰かの笑顔を作っている可能性があります。

【引用】僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の 笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 少ないけど 赤 黄色 緑
【出典】『彩り』作詞:Kazutoshi Sakurai

と、結局自分を叱咤激励する記事なんです。これからも小さい記事しか書けませんが、どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。

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